[映画] 大恐慌前夜のNYが舞台のドラマ『華麗なるギャッツビー』

2016年6月10日
2017年5月16日
gappacker
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gatsby

米文学の名作の映画版

F・スコット・フィッツジェラルドによるアメリカを代表する文学作品『グレート・ギャッツビー』を映画化した作品、『華麗なるギャッツビー』を観ました。監督はバズ・ラーメン、主演はレオナルドディカプリオ、トビーマグワイア、キャリー・マリガン。

あらすじ

作家を志し田舎から出てきたものの、時代の流れに乗るようにウォール街で働き出すニック。彼の家の隣に立つ大きな宮殿で、夜な夜な盛大なパーティを繰り広げていたギャッツビーと知り合うが、身寄りもなく、どのように財をなしたかも不明なギャッツビーに対する謎は深まっていく。

予告編はこちら

映画を観た感想

最初の10分くらい見て、正直ハズレだと思いました。
ギャッツビー(ディカプリオ)が出てくるまで、ニック(トビー・マグワイア)目線でいわゆる狂乱の20年代を印象付けるための過度な演出が目立ち、ビジュアル先行の派手な紙芝居を見せられている感じで、なかなか退屈です。CGの使い方は好みではないものの、世界感をうまく表現しているんだけど、気になったのが音楽。
舞台が1920年代のニューヨークであり、アメ車なども当時のものと思われるものが走っていて、普通に考えたら音楽はJazzじゃないの?って思うんですが、ヒップホップやいわゆるクラブミュージックなどの現代音楽が流れるんですよね。いやいやいや、なんでよ。って思うんですが、配慮のなさというよりは、確信犯的にやってるのがわかる。
けど、このハズし方はちょっと気持ち悪い。
『七人の侍』を『荒野の七人』にしたように、いっそのこと(日本の)時代劇が西部劇になるくらいに舞台の設定自体変えてくれたら気にならないんですが、第一次世界対戦が終わって、アメリカが世界の強国になりつつあり、1929年におきる大暴落まではウォール街も盛況、禁酒法の真っ只中であり、マフィアなどが暗躍したこの時代のニューヨークっていうのはやはり変えられない設定なんでしょう。
そうしたら、スピークイージー(非合法な酒場)とそこで演奏されていたジャズなんじゃないの?って気もしますが、このハズし方がこの監督のこだわりなんでしょうきっと。

やはり、この時代背景があって、(一見華麗なる)ギャッツビーの裏の部分が引き立ち、『グレート』って部分がいろんな意味を持ってくる気がしますしね。そういう意味では邦題の『華麗なる』だと単純に華麗なので、なんかタイトルの持ってる含みの要素を失ってしまってるんじゃないかと思ったりもします。

最後まで観たら、そんなに退屈でもなかったですが、なんだか派手な演出が目立ち監督が手を出し過ぎな印象のある作品でした。


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